ニュースは「事実」ではなく「物語」かもしれない。

ニュースの違和感

テレビをつけたり、SNSを開いたりすると、秒単位で新しいニュースが飛び込んできます。私たちはそれを見て、「今、世界で何が起きているかを知った」という気になります。

でも、ふと立ち止まって考えてみます。 その情報は、真っ白で無機質な「事実」として届いているでしょうか。それとも、誰かの手によって丁寧に「色」を塗られた後の状態で届いているでしょうか。

(……もし、私たちが受け取っているのが事実そのものではなく、誰かが編集した「物語」なのだとしたら)

一つの事件が起きても、どの瞬間を切り取るか、どの言葉を添えるかによって、そのニュースの「色」は真逆になります。 正義と悪の構図を作る方が、視聴者の目を引きやすい。 「かわいそうな被害者」と「冷酷な加害者」を仕立てる方が、感情を揺さぶりやすい。

私たちは、知らず知らずのうちに、その「色」を自分の価値観だと思い込まされていないでしょうか。

ここで、自分の中に「やさしいツッコミ」を入れてみます。

「この画面の向こう側に、映っていない人は誰だろう?」

第一情報をそのまま信じるのは楽です。でも、一度その色に染まってしまうと、後から入ってくる別の色が、すべて「間違い」に見えてしまいます。 ニュースが流し込んでくる世界をそのまま飲み込むのではなく、「これは誰かの視点というフィルターを通した一つの物語なんだ」と理解して、飲み込む前に一度、口の中で転がしてみる。

一人の「正しい解説者」が提示するシナリオを全員が信じる世界より、 みんなが「へえ、そういう見方もあるんだね。でも別の色もあるんじゃない?」と、 複数のフィルターを使い分けられる場所の方が、 きっと、結果としてみんなが呼吸しやすい世界に繋がっていくはず。

今日、目に入ってきた刺激的な見出しも、一旦は脳の棚に「保留」として置いておくことにします。 色とりどりの物語で溢れかえる画面から指を離し、何のテロップもついていない目の前のコップを眺める。 この静かな情報の空白こそが、誰にもハンドルを渡さないための、私にとっての「安全基地」なのかもしれません。

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