情報の食べ過ぎで、「肉まん」の味を忘れていませんか?

ニュースの違和感

コンビニのレジ横で、 ホカホカと湯気を立てている肉まん。

寒さが身に染みる日に、あれを一つ買う。 それだけで、世界が少しだけ優しくなったような気がします。

でも、最近の私たちは、 その一口目を食べる前に、少し「忙しすぎる」ようです。

袋から取り出した肉まんを前にして、 私たちはつい、スマホを取り出します。

「コンビニ 肉まん おすすめ」 「肉まん おいしい食べ方」 「SNSで話題の具材」

そうやって、誰かが書いた「正解」を先に食べてしまう。

画面の中の、誰かの評価や、高精細な写真。 それを脳に詰め込んだ状態で、ようやく一口目を頬張る。 すると脳は、「ああ、やっぱり評判通りおいしいな」と、 あらかじめ用意された答え合わせをして、満足します。

(ちょっと、もったいない気がしませんか?)

情報の海は、とても便利です。 でも、知識でパンパンに膨らんだ脳が「分かったつもり」になっているとき、 私たちの「身体」は、どこか置き去りにされています。

データ上の「星4つ」という評価に満足して、 いま、指先に伝わっている肉まんの熱さや、 口の中に広がる、少し甘い皮の香りを、 本当の意味で味わうことを忘れてしまっている。

私たちは、いつの間にか、 「肉まん」ではなく「情報」を食べているのかもしれません。

ここで、自分にそっとツッコミを入れてみます。 「私の『おいしい』は、私の舌が決めたのか。それとも、誰かのレビューが決めたのか?」

誰かの「正解」を一度、横に置いてみる。 スマホをポケットにしまって、 まずは一口目だけ、自分の五感にすべてを預けてみる。

「あ、思ったより皮が厚いな」 「今日は、この熱さが一番のご馳走だな」

そんな、誰にも操作されていない、 あなただけの、不器用で素朴な実感。 それは、ニュースになるような大発見ではありません。

けれど、誰かの設計図からこぼれ落ちたその小さな感覚こそが、 あなたを「自分自身」へと引き戻してくれる、 「やさしい違和感」の正体なのです。

世の中の「ヘンだ」に気づくためのセンサーは、 案外、そんな一口の肉まんの味から、 磨き直せるものなのかもしれません。

次回、コンビニで肉まんを頬張るときは、 誰かのレビューではなく、自分の味覚を信じてみようと思います。

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