「〇〇型はこういう性格だ」 「このままだと、将来の生活は破綻する」 「今、これをやっておかないと手遅れになる」
私たちの周りには、もっともらしい「統計」や「根拠」を掲げた言葉が溢れています。 特に、ニュースの速報やテレビの特集などで一度その情報を耳にすると、不思議なことに、それが絶対的な真実であるかのように感じてしまうことがあります。
(……でも、その情報の「温度」に、ふと違和感を覚えることはありませんか)
人は、最初に耳にした情報を強く信じてしまう傾向があるのだそうです。 だからこそ、ショッキングなニュースや、不安を煽るような「統計データ」を真っ先に浴びせられると、私たちはつい、自分のハンドルを誰かに預けて、その不安の波に乗ってしまいそうになります。
けれど、ここで自分の中に「やさしいツッコミ」を入れてみます。
「この数字は、私を安心させるためのもの? それとも、怖がらせるためのもの?」
冷静に眺めてみれば、同じデータであっても、切り取り方一つで「希望」にもなれば「絶望」にもなります。 不安を煽ることで、特定の選択肢(正解)へと誘導しようとする。 それは、プロが仕掛ける巧妙な「正解の押し売り」かもしれません。
血液型占いや、出所不明の「常識」。 それらを否定する必要はありませんが、そのまま鵜呑みにして自分や他人を型に嵌めてしまうのは、少しもったいない気がします。
「正解」とされるデータが目の前に差し出されたときこそ、一呼吸おいて、その裏側にある意図を想像してみる。
一人の専門家が示す「怖い未来」に怯えて暮らす世界より、 みんなが「その数字、ちょっと煽りすぎじゃない?」と笑い飛ばして、 自分にとっての「心地よい根拠」を選べる場所の方が、 きっと、結果としてみんなが呼吸しやすい世界に繋がっていくはず。
次に、ショッキングな情報に出会って心がザワついたときは、 そのまま不安に飲み込まれる前に、 「この情報の出所はどこかな?」と、 自分の外側にある情報の「手触り」を確かめるところから始めてみたいと思います。


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