乱暴なブレーキが教えてくれたこと。

日常の違和感

社会人として働いていると、自分一人ではなく、誰かの運転する車に同乗する機会があります。 その日、私は先輩が運転する営業車の助手席に座っていました。

その先輩の運転は、一言で言えば「激しい」ものでした。 アクセルは床まで踏み込み、赤信号が見えれば急ブレーキ。身体が前後に揺さぶられるたび、車内の空気まで刺々しくなっていくような気がします。

(……これは、なかなかハードな時間だな)

同乗している側としては、正直なところ不快な感覚です。 でも、その揺れの中で、私の違和感センサーがふわりと作動しました。 「嫌だな」で終わらせるのではなく、自分の中に「やさしいツッコミ」を入れてみたのです。

(もし私がハンドルを握るなら、今のブレーキ、どう踏みたいだろう?)

そう思った瞬間、目の前の乱暴な運転が、自分にとって最高の「教材」に変わりました。

「こう踏むと、同乗者は不安になるんだな」 「こういう加速をすると、周りの車とのリズムが崩れるんだな」

先輩を否定したり、心の中で責めたりするのではなく、ただ「自分ならどうありたいか」を照らし出す鏡になってもらう。 そう決めただけで、あんなに不快だった振動が、自分を律するための静かな学びに昇華されていきました。

私たちはつい、「立派な先生」からしか学べないと思いがちです。 でも、マザー・テレサが「自分の周りを整えなさい」と説いたように、自分の環境にいるすべての人から、自分を整えるヒントをもらうことができます。

「ああはなりたくないな」と感じる瞬間にこそ、 「じゃあ、自分はどうありたいのか」という、 本当の自分のハンドルがどこにあるのかを、はっきりと見つけるチャンスが隠れているのです。

実は、世界中が先生だらけだったのかもしれません。 わざわざ遠くへ探しに行かなくても、日々の仕事や暮らしの中で、 「これ、ほんとに心地いいんだっけ?」とツッコミを入れ続けるだけで、 私たちは自分だけの正解を、少しずつ組み立てていくことができる。

一人の完璧な聖人君子に教えを請う世界より、 みんなが周りの「ヘンだ」を鏡にして、 「自分はもっとやさしくブレーキを踏もう」と、静かに自分の足元を整えられる場所の方が、 きっと、結果としてみんなが呼吸しやすい世界に繋がっていくはず。

次に、誰かの振る舞いに心がざわついたときは、 いったん嫌な気分になる前に、 「この人は、何を教えてくれる先生かな?」と 自分の中を一周してから、返事をしようと思います。

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