マネー・ボールから約15年。データ革命は年々進んでおり、ついにここまで来たかという印象です。マネー・ボールの致命的な見落とし点も含んでいます。
この本を読めば野球場の内外で、メジャーリーグの野球選手がデータを活かすことで
いかにプレーの質改善を進めているか知ることができます。
野球のデータと言っても、体の動きからボールの回転まであらゆる点のデータです。
ボールの回転数や、打球の角度など2010年以前は常識とは言えなかったデータが
今では手に取るようにわかり、計測されています。
それにより、人の主観を排し、実際にどのようなプレーや投球が良いのかが
わかってきたのです。
マネー・ボールが見落としていた致命的な点とは。
それはズバリ、”選手の成長”です。
映画にもなったマネー・ボールをお読みになった方はわかるかと思います。
その真骨頂は直前までのデータにより、金持ち球団が見逃している隠れた名選手を
集めてくることでした。
つまり主観的な野球ではなく、データに基づく勝てる客観的な野球をやる。
それがメインテーマ、趣旨でした。
その方向性は今でも間違っていません。
ただ、正しい方向に選手自身を成長させることで、よりコストパフォーマンスの高い選手が
生まれチームの勝利に貢献するという点を考慮に入れていませんでした。
映画でも、舞台となったアスレチックスでは、GMのビリー・ビーンが
オールスター級選手の一塁手ペーニャををトレードに出してまで、
打撃は劣るが出塁率の高いハッテバーグ選手を使うよう監督に依頼します。
しかし、実際はその後、ペーニャ選手も成長し出塁率を上げ、
通算ではハッテバーグよりも出塁率、打率の高い選手となっています。
「成長」がデータを覆した一例です。
この話の理解を助けるうえで映画版もお勧めです。
ブラッド・ピット主演で非常によくできています。
映画の一場面で送りバントについて守備時にどう対応するかを教えているところがあります。
それは、送りバントは統計的に不利な戦略であることが統計的にわかっていることから
相手チームにどんどん送りバントをさせ1アウトを確実に稼げというものです。
GM役のブラッド・ピットはこう言います。
「これはプロセスだ、プロセス。送りバントをしてきたら遠慮なく一塁ベースに投げるんだ。」
「アウトを簡単にもらえる」
と。
選手に教えている内容からは主観よりも客観的なデータを優先させるという点で
示唆に富んでいます。
メジャーリーグでも古くからの習慣を変えるのは難しい
主観かデータによる客観かという点は全人類が抱える認知の問題です。
常に最先端をいくと思われているメジャーリーグでさえ、
古くからの指導法や慣習から逃れるのは難しいこともこの本でわかります。
誰もが革新的になることは現在バイアスに反することで、現状はうまくいっているように
見えるのが人間の脳の成すクセとなっているからです。
例えばバッティングに関して、上から叩きつけろ、上から打ち下ろせ、
という指導が行われていることを聞きませんでしょうか。
これは今となれば根拠に支えられた指導とは言いがたく、改善が可能です。
なぜ、そんなことが言えるのか。
その答えがこの本にはあります。
上記の回答は”会心の当たりがシングルヒットにしかならない”からです。
会心の当たりはホームランであってほしいですよね。
それを目指さない指導方法、打撃改善は統計的にもマイナス効果が
しっかりと表れているのです。
会心の当たりがシングルヒットで良いのか?
この当たり前とも言える疑問を抱いた野球選手がいました。
この疑問から〝フライボール革命”が起こってきます。
簡単に言えばフライを上げる方が、打球角度の低い弾道よりもヒットになる確率が高い
ということになります。
伝統的なたたきつけろ、センター返し理論で育てられた打者はフライを避ける
打ち方を選び練習する。そうなると会心の当たりでもセンター前ヒットにしかならない。
それが理想とは言い難いでしょう。
さらに言えば、無理にゴロを打つよりも三振したほうが良く、
内野フライを打つ能力は内野ゴロに勝る得点潜在性を秘めているのが
データで出てしまったのです。
これは野球界にとっては受け入れがたい真実でした。
ただ、それがわかると、とにかくフライを打つ能力が高い選手が重宝されるようになります。
そして、実績がどんどんと出てきます。
ただ、投手側も黙ってみているわけではありません。
変化に対応する投手たち。その対応策は?
フライボール革命を受け、打者の成績がリーグ全体でも高まりました。
そこで投手側も対策を立てます。
その一つは、フライになりにくい球である高めのフォーシームのストレートです。
空振りを取れる確率は低いものの、ファールになる確率が高いのが上記の
高めのフォーシームのストレート。
ストレートと言えば剛球投手がグイグイうなるような球を投げて三振を
取るボールでした。それが時代は変わり、高めに投げてカウント球として
使われています。
さらには本当に有効な変化球が何かがわかるようになったことで、
眠っていた変化球を多投して成績を上げる選手も出てきます。
キーワードは回転率と回転軸です。
本で紹介されるカーブの回転率が良いにも拘わらず、投げていなかった投手の実例。
チーム内のコーチがある投手のカーブの回転率が非常によく、鋭い変化球であることに
気づくことから始まります。
そこで「もっと、多投してはどうか」
とアドバイスし、実際にやってみるとあれよあれよと打ち取れます。
その球種だけで打者をなぎ倒すことができたというわけです。
何だか気付きを与えることで開花する野村再生工場みたいな話ですね。
他にも投手が球種を増やして故障する確率がむしろ低くなっているという統計的データは
メジャーリーグに驚きを持って迎えられています。
つまり、肩や肘に負担が大きいのは実は直球で、変化球の方が負担が少ないということ。
2015年以降の変化球割合がメジャーで増えていることの一因。
故障を恐れずに変化球投げることができるのも大きいでしょう。
さらにはシンカー系よりもスライダー系の方がヒットになりにくいなども事前に
わかっているので取り組むべき球種も論理を持って選ぶことができる。
まさにデータ革命が既に起こっている(起こっていた)わけです。
2023年はピッチデザインの第一人者トレバー・バウアーがDeNAベイスターズに加入
本の冒頭でいきなり2023年シーズンにDeNAに加入したトレバ-・バウア-投手に関しての章で
始まります。彼は2020年のサイ・ヤング投手です。
彼はいわゆるピッチングマニアで、あまり恵まれていない身体能力を補うために
ピッチングのデザインを行っている第一人者です。
そして彼はメジャーのインディアンス時代から捕手に良く首をふる投手でした。
捕手が試合前のミーティングに参加しなくても気にせず、コーチに
「自分が投げたいように投げるだけだ」と言う選手。
理論派であり、誰より打者、自分の投球をを研究しているという自負が無いと言えない。
そんな彼も伸び悩んだ時期があります。
元々カーブを得意としていましたが、それだけでは生き残れないと考え、
オフシーズンに横の変化の代名詞スライダーを身につけようとします。
そのアプローチはまさに現代的。
ボールの回転軸、回転数、方向を1球ごとにチェックし、意図した変化になるよう
徹底的にチェック、改善を行います。
自分の投球スタイルから、あくまで横軸への変化が必要だったため、その課題に
集中して取り組むことで理想の変化球を手に入れます。
結果は大成功し、2020年にはサイ・ヤング賞も手にします。
複数シーズンにわたるその改善への取り組みは現代の機器なしには成しえなかった
と言えます。
それでもフィードバックを常に第三者から得て、改善しようとするその姿勢。
その貪欲な成長欲求とデータへの謙虚な姿勢が生んだ名選手とも言えそうです。
本の価格は高いが、それ以上に読む価値あり
“アメリカン・ベースボール革命: データ・テクノロジーが野球の常識を変える”。
これは野球マニアでも勇気のいる価格帯。3,500円を超える本です。
本当に読む意味があるのか?と何度も考え、買うのに勇気がいりました。
結果、それでもどうしても読みたくて買いましたが後悔は一切していません。
野球、統計ファンとして一歩先んじた気持ちです。
この本は2018 年時点で球種を増やすメジャー選手の取り組みを学べる
数少ない本と言えます。
色々と技術革新によって今までの常識が覆されていく様子が描かれており、
色々な意味で痛快です。
今、皆さんがご覧になっている日本の野球界でもピッチデザインの考え方が浸透し、
回転数を見ながら調整、新変化球の練習をするようになりました。
一方で、シーズンの途中から意図せずに変化球の変化が落ちる、変わってしまうこともあり、
それはわかっていても調整が難しいというから面白い。
その対策例として仮にスライダー系の回転、軸が悪くなればカーブのキレが増すため
そちらを中心にピッチングを組み立てるなどが行われている。
プロ野球の解説を聞いていると、よく「前半戦と後半戦で別人のよう」と表現される
ことがあるのは、この変化球の変化が原因かもしれません。
また、気になった点は米国の職の流動性。
野球関係者が山ほど出てくるなかで、補完証言するほとんどの方が「元どこか所属」なんです。
二、 三年前の話であるのに元職員、元コーチ、元スカウトと。
良いか悪いかは別にして、職の流動性が高いことが米国社会の一つの特徴と思い知らされます。
以上。
お読みいただきありがとうございました。