本レビュー ビッグデータベースボール トラヴィス・ソーチック著作(2015)

ひでせろ
ひでせろ

データがけん引するメジャーリーグの変化について語られた本です。2013年のパイレーツをモデルに野球自体への取り組みがデータ起因で変わっていく様子がわかります。

結果として20年シーズン負け越しが決まっていたチームがプレーオフ進出を果たします。

突然、世の中の常識や慣行が変わることがありますよね。

メジャーリーグ、野球の世界も見えないところで大きく評価基準やプレーが変わってきています。

この本はまさに2010年前後に突如として大量に提供される打球や守備のデータから

メジャーリーグの野球への取り組みや、選手の獲得背景をも変えてしまったことが分かる1冊です。

今で言えば、極端なライトよりの大谷シフトもデータに基づいた結果であることが

よくわかる一冊です。

マネーボールを契機としたデータ革命の嵐の最中、2012年のメジャーリーグ球団パイレーツは

遅れを取っていましたが、大量にあふれ出てきたデータへの取り組みからお金をかけずに

2013年には勝利数を増やすことに成功しました。その物語です。

2013年パイレーツのハイライト

更に後年の2018年のアストロズの大躍進を支えたフライボール革命はこのパイレーツの

取り組みをさらに乗り越え、対向した結果、成功したものです。

アストロズはサイン盗みをしていたことが明らかなになっているので議論の余地はありますが・・。

そして、念のためお断りしておきますが、野球自体に興味が無い方には行動経済学、

統計解析に興味があっても面白いかどうかは疑問符が付きます。

一方で野球好きで統計好きならハマること間違いなしです。

2013年のパイレーツの極端な守備シフトはデータから導かれた

データを処理する部隊も持たなかった2012年のオフシーズン。

20年間も負け越しばかりのパイレーツはお金をかけずに勝つために大胆な取り組みが

求められていました。今すぐにでも変化を起こさないことには、負けることが見えているからです。

つまり監督もGM(ジェネラルマネージャー)も後がなく、変革を起こすしかないところまで

追い込まれていたということです。

その背景の元、メジャーリーグの打者の全試合の打球方向がデータが上がってくることで、

今まで見えていなかった傾向が続々とわかってきていました。

特に守備に関しては、それまでの常識自体が間違っている傾向が出ていたのです。

「まず選手の守備位置を変えなければならない。野球の歴史を通じて、選手のグラウンド上での守備位置はデータに基づいたものでは無かった」

パイレーツのGMのコメント。ビッグデータベースボール内の文章から

私はこの文章を読んで衝撃を受けました。なぜかというと、

普通にプレーを見ていれば今の守備位置が正しいかどうか疑問を持つことが無いからです。

しかし1920年代以降、全ての打球を通算すると打率は3割前後になることをデータが

明らかにして以来、あれ、と思う人が出てきたわけです。

確かに投手と捕手以外はフェアグラウンドであれば基本的にどこにいても問題ありません。

にもかかわらず、100年間続くメジャーリーグの歴史で今までの守備位置から

大きく離れるという決断をしたチームはほとんどありませんでした。

あっても一時的なものでした。

2012年シーズン終了時のパイレーツはチームとしてシーズン負け越しが20年も続き、

背に腹は代えられない状況に追い込まれていたことから2013年のシーズンからは

勝つために徹底してデータを活かすことを決めたのです。

ただ、データで事前に分かっていたとしても当然、取り組む選手、コーチの抵抗も生まれます。

変化を受け入れるのは信頼関係の構築から

やはり、データがいくら打球方向の偏りを示していても、実際にシフトが役立つのかという

疑問はどうしても生まれます。

野球経験の無いデータの専門家が守備体系、投手の投げるべき球種などに踏み込んでいくのは

選手側からすれば納得のいく人も行かない人もいます。

パイレーツの取ったやり方は選手とオープンにコミュニケーションを取り、疑問を一つ一つ

取り払っていくことでした。

そのためにデータを収集し監修している担当者をチームに常に帯同させました。

そのため選手やコーチ陣から疑問があればいつでも質問ができる状況にしたのです。

商売や恋愛と同じですが結局は信頼関係が無いと決まるものも決まらず、

ヒトは納得して動いてくれないのです。

データを活かした大胆な守備シフトが与えた影響とは

先に述べたように100年間の伝統的な守備体系であれば全体的な打率は3割ちょうどに収まります。

そこに改善点が無いのかという疑問を持ったチームが大胆なシフトを敷き始めます。

メジャー全体でパイレーツを始めとしたチームが極端なシフトが増加した結果、

2013年は2007年と比べると打者がアウトになる確率は1%も下がっています。

これは驚くべき結果です。

どういうことかと説明します。

ある左バッターは徹底したプルヒッター(引っ張りばかり)で

打球の80%がライト方向に飛ぶことがデータとして出ている場合があります。

それでも頑なに今までの伝統的な守備位置を守っていたわけですが、それを見直し

内外野ともにライト側に大きくシフトさせたわけです。

そうすると、どうでしょう。結果として5分ほど打率が下がることが起こったのです。

簡単に言えば3割ヒッターが極端なシフトにより2割5分ヒッターに成り下がってしまう

わけです。これは野球を知る人であればわかりますが、大きな違いです。

飛んでくるところに守備位置を置くので、内野手の守備評価も上がり失点も減るという

まさに革命的な変化が起こったのです。

誰もが見落としていたデータ:捕手によるピッチフレーミング

ピッチフレーミングとは簡単に言えば、ストライクゾーンの際どいボールをストライクと

審判に言わせる技術です。

投手が投げ、「ボールかな、ストライクかな」という微妙なボールをピッチフレーミング技術で

ストライクとコールさせることができます。

これは総合的に見ると失点を大きく防ぐことにつながるのです。

1ボール2ストライクと2ボール1ストライクでは投手にとって大きく有利不利が変わるからです。

追い込まれたバッターはボール球を振りやすいという傾向があるからです。

この技術はデータとしては知られてはいました。が、2012年末にパイレーツが重要視するまで

多くのチームは捕手の優劣を判断する優先項目には入っていませんでした。

FA市場でピッチフレーミングに優れた捕手を狙い撃ちすることで、注目されていない

ラッセル・マーティンという素晴らしい捕手をNYヤンキースから獲得しました。

2012年シーズンに打率2割そこそこの捕手を2年で1,700万ドルという契約提示は

知らない人にとっては理解のできない投資に映りました。

資金が潤沢でないパイレーツが「なぜ?」と疑問視する声も多かったわけです。

しかし、これは結果的に割安で補強をすることに成功した好例で失点を大きく減らすことに

貢献します。

日本で言えばピッチフレーミングの技術は古田敦也さんや、谷繫元信さんが

この技術が高いことで有名でした。

ちなみに2010年代の実際のピッチフレーミングのスコアを調査した表が本中にあり、

メジャーリーグの捕手のワースト5に城島選手が入っていました。

ソフトバンクでエースだった斉藤和巳投手はYoutubeのフルタの方程式で、城島さんについて聞かれ

「あの人はキャッチングに興味なかった」とコメントしていたので、まさに・・。

4:40秒ごろ斎藤投手が言ってます。

2013年のパイレーツの大躍進

データを徹底的に洗い出し、その優先順位を見直したことで下記の変化を促しました。

・守備シフトにより守備力が改善

・投手のツーシーム割合が増え、内野ゴロが増える

 →これにより移籍した選手、ケガから復帰した選手が活躍します。

・ピッチフレーミングにより失点が減る

大きく分けて上記の3点になります。失点が減る取り組みが功を奏します。

野球というのは単純に言えば得点を増やして、失点を減らせば勝てるスポーツです。

上記の変化は全てそれに直結し、勝ち星を前年に比べ25以上増やすことにつながり、

結果として20年ぶりのシーズン勝ち越しに留まらず、ついにはプレーオフ進出を果たします。

ファンでさえ後半戦は始まっても疑心暗鬼であったというほどなので、まさに逆転の物語です。

これから日本のプロ野球界に起こること

日本では基本的にメジャーリーグの野球を最新として手本とするところがあり、後追いでもあります。

そのためYahoo Japanが採用しているようなタイムマシーン経営ではないですが、米国で起こった

ことが日本で起こると予期しています。

タイムマシン経営とは?意味や事例、有効性について解説 - 東大IPC−東京大学協創プラットフォーム開発株式会社
タイムマシン経営とは、海外で成功した事業モデル・サービスを日本に持ち込み、いち早く展開する経営手法です。タイムマシン経営の主な事例には、クラウドファンディング、ロコンド、コンビニなどがあります。今回は、タイムマシン経営の有効性を紹介します。

(タイムマシーン経営については上記リンクをどうぞ)

最近の例でいれば日本でも広島カープに在籍した黒田博樹投手はメジャーリーグで活躍後に

2015年に日本球界復帰した後はツーシームを中心とした投球術で活躍。

その使い方も含め球界により広くツーシームの有効性について広めた選手の一人です。

まさにメジャーリーグの常識を日本に持ち込んだ選手と言えます。

これと同様にデータ観測機器の導入が増えれば、極端な守備シフトも増えていくと

予想できます。

まだ日本の各チームは伝統的な守備位置から離れることをほとんどしていません。

間違いなく各チームはこのようなデータは把握しており、実現させるかどうかの

ジレンマに陥っているはずです。

一方で行動経済学の観点から見れば、人間が本当にデータの価値を認知するのは

そこに思い込み(ここで言えば伝統的な守備位置は当たり前という考え)があると障害になります。

そのため時間がかかるか、いつまでも極端な守備シフトに関するデータの有効性を

認めることは簡単ではありません。

それを乗り越え、先にデータを使った野球で有利に立つ球団が現れれば、それがまさに

日本の野球界の岐路になるといえます。

今後の日米の野球界の変化についても夢が広がる、その基準となる考え方をくれる。

そんな1冊です。

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